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2009年5月

カジュアルイタリアンとネットでのテレビ番組配信

先日大学時代の友人2人と恵比寿のカジュアルイタリアン「ダルマット(http://r.tabelog.com/tokyo/A1303/A130302/13022514/)」に行った。友人は西麻布の同店に行って良かったからこちらも・・ということで選んでくれた。
恵比寿の駅から10分位歩いた民家の合間にあるような店なので、大雨の中探すのは正直つらかった。多少駅から離れた店って、静かだし洒落た店が多いのは事実だが、タクシーを使ってどこかへ行くのは電車がない時間だけ、の庶民の私には駅チカが一番。そうやってがんばって行ったダルマット、口コミの評判はいいみたいだが、私は星つける気にはなれなかった。(よって写真も撮っていない)。名産地の魚や野菜を使っているらしくこちらのおしゃべりをいちいち中断してご説明頂いたけど、別にそこら辺のものよりすごくおいしいというわけでもなく、量も少ない。そして、落ち着かない明るすぎる照明とちゃちなテーブルにもかかわらず、「次のお客様があと15分できますので、席を1Fに移動してください」と、席に着いてから2時間で1万円弱のお金を一旦清算され、上のカフェみたいなところでお茶をのむはめに(夜カフェインを飲めない私は、カフェインレスのお茶がなかったために、別料金でお酒を頼まざるを得ず)なったのには唖然。今は人気かもしれないけど、長持ちしないでしょうね。

ところで、最近ネットでの著作権の話題が時々新聞にのっているが、NHKがテレビ番組の有料ネット配信を開始し、著作権者がわからない場合も、不明者が名乗り出たときに支払うお金を供託して配信することに決めたとあった。NHKといえば、何十年分もの優良なドキュメンタリーやドラマがアーカイブとして保存されているが、著作権不明や、著作権者の承諾が取れなくて、ただ眠っているだけだと聞いていた。見切り発車は必ずしも合法とはいえないと新聞は書いていたが、ほんの一部の権利者が所在不明のためにその番組自体が放送されないほうが不合理だと思う。

その話で思い出したのが、母が教えてくれた、祖父の著作物が著作者不明で出版ができなかった話である。祖父は北海道で小さな出版社をやっていて自分自身でも詩や文章を書いていて、北海道での文学賞みたいなものももらった人である。文学的才能はかなりのものだったと読んでいても思うが、商売の才覚はそれほどなかったのか大病をして気力がなくなったのか、亡くなる前には少なからず借金もあったので、亡くなってから知らなかった借金が出てきては困ると母と叔母は、祖父が亡くなった後に相続放棄をした。その後新聞社から祖父の作品を出版したいという話があったのだが、作品の著作権者が誰なのか突き止められず、話はお蔵入りとなってしまったのだそうだ。もったいない話だなあと思ったものだ。

もったいないだけでなく、NHKは受信料を強制的に徴収して番組を作っているのだから、そうしたアーカイブを使った配信をすることはなかば義務ではないだろうか?まあ有料ではあるらしいけど。

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グーグルの書籍検索と作家の削除要請

先日グーグルの書籍検索サービスについて、日本文芸家協会が、同協会に著作権管理を委託する作家2,200人が削除を希望していることを明らかにした。デジタル化の対象になっている作家4300人にアンケートを送付し、回答があった2,797人のうち1,197人が完全削除を求め、149人がデジタル化は認めるがネットでの表示は拒み、283人のみがデジタル化と分配を受けるということである。私は、このサービス最初に知ったときは、「さすがグーグル、やっとこういうサービスが始まるのか」と喜んでいた。

グーグルの書籍検索サービスは著作権が切れたり、絶版となった書籍が対象であり、別に今著作権が継続している作品をただでデジタル化しようというわけではない。書店や図書館に行っても探せない書籍を検索だけで探せるとしたら、こんなにありがたいことはない。でも、たぶんほとんどの作家は反対するんだろうなあと確信に近い気持ちを持ちながら結論を待っていた。なぜなら日本文芸家協会といえば、あの三田誠広氏が知的所有権委員長を務め、日本の小説その他の作品の著作権を作家の死後50年であるところを、欧米に合わせて70年にする延長賛成派として文化庁著作権審議会その他の会議でも広く発言されているのを耳にしていたからである。素朴に考えて、自分が死んでから50年の長きにわたり著作物として保護されているだけで十分だと思うのに、それを”欧米が70年だから”という理由で延長しなければいけないというのが私には理解できない。いろいろな思惑があってそれぞれ延長したのであって、すべての欧米諸国が70年というわけではないし。そういう方が幹部でいらっしゃる協会なので、たぶん権利を守るという方向性なんだろうと思っていた。

しかしながら、絶版や著作権切れたもののデジタル化を拒否すれば、それはほとんどの場合、人の目にふれなくなる=お金を得ることができない、となる可能性が高いのではなかろうか?特に、本は有名作家を除き、どんな作品かわからなければ、買おうという気にはあまりなれない。音楽なら、まだラジオ、CMや映画のテーマなどで耳にする機会があり、気に入れば知らないアーティストのCDや楽曲を買うことはあるが、作品には絶版になればそのチャンスは無に等しい。確かにデジタル化されることによってコピーされる可能性は高くなるが、そうしたおそれから権利をキープする方向にいってしまった音楽の著作物は、結局i-tunesのような世界的で、そしてハードを売るための手段として安価に音楽が買えるようなシステムを結果受け入れざるを得なくなり、デジタル化は儲からない、ことになってしまったのだと思う。i-tunesより早い時期にレコード会社がデジタル化を積極的に推進していたら、もう少し高い料金で、もっと質のいい形でユーザーに届けることが可能だったのではないだろうか?

容認した293人の作品がデジタル化されて、それがユーザーの目にとまり、利益が還元された結果、彼らが勝者となることを楽しみに待っていたい。

 

                                         

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